防府出身者・在住者のための情報掲示板2006年No.788

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No. 登録日付 お名前 ご住所 内  容
7880 9/28 ふくまる 三田尻

秋ですねぇ〜〜
 佐波川沿いでは彼岸花が咲いてます。
去り行く夏を惜しみながらの鮎掛けの釣り人も見られます。

我が家のバケツ栽培の稲刈りも終了です。
コンバインが必要な程の規模ではないので手作業で刈りました。(^0^).
2006年9月28日防府市三田尻(ふくまるさんから)
宮本の駄菓子屋さんは、残念ながら廃業されたそうです。
元店主さんはルルサスに住んでおられます。

マンションは完売で満室ですが、店舗部分は空きが見られます。
ガンバレ! ルルサス!
7881 9/29 桜子 山口県防府市 taka21さん、テニス中毒さん、みにぴんさん、お返事遅くなってしまって申し訳ありません。
パソコンが壊れてしまい、やっと戻ってきました。本当にすみません・・・。
taka21さんの画像にやはりお店がうつっていました。画像を見ながら、懐かしく思いました。
でも、一番嬉しかったのは、初めて投稿させていただきながら、みなさんが情報を教えてくださったことに、私は感激しました。本当にありがとうございました!!
taka21さんへ・・貴重な画像をありがとうございました。
テニス中毒さん・・百均、さっそく行ってきました。駄菓子の詰め合わせの中に探していた駄菓子を発見できました。ありがとうございました。
みにぴんさん・・お店の名前を教えてくださり、ありがとうございました。その後、宮本商店さんがどこに行かれたか、ご存知ないですか?
これからもどうか、よろしくお願いいたします^−^
すごくうれしかったですっ!!温かい方々に出会えて、幸せです。
7882 9/30 みにぴん 山口県 桜子さん ご丁寧にありがとうございます。私としては力不足でお恥ずかしい限りですが、takaさんが呼びかけてくださったお陰で、ふくまるさんから貴重な情報のご提供がありよかったですね。
廃業されたのは残念ですが…かつて、宮本さんのお隣にあって、同じく廃業されたお魚やさんにお世話になったので、桜子さんのお気持ちわかるような気がします。ルルサスの方はまだ店舗スペースが空いているのですね。なによりも設立に携わった方々の思いを考えると心配です。
他市に住んだ経験からすると、確かに防府の町には活気があまり感じられないかもしれません。でも県庁所在地である山口よりも交通面では恵まれた位置にありますし、歴史と文化を守りながら街そのものが育っていってくれるといいなと思います。
7883 9/39 名古屋のてっちゃん 愛知県小牧市 ○kumazaさんへ
 昔懐かしい稲刈りのお話、楽しく拝読させて頂きました。藻屑(すくも)に火が通った頃を見計らって薩摩芋を焼べて(くべて)食べるのは秋の最高のお八つでした。向島小田の零細な半農半漁の言い尽くせぬ貧乏をしましたが、柿・栗・蜜柑・焼き芋・アケビは田舎の秋の五大味覚でした。田圃を這うようにして作業をしていた農作業も昭和30年後半から始まる機械化の拡大で重労働から大幅に解放されましたね。私の会社生活44年の実に70%は農業機械用を主体とした小型エンジンの営業・事業企画業務でした。北海道から九州まで約10年近くは毎月のごとく地方のドサ周りをやりました。海外も米国各地やオランダを汗(冷や汗)をかきながら回りました。
 稲作は昭和40年以降の減反政策にも拘らず米の自給率は今でも95%前後を維持しているとか。食料の多様化とは言え昭和40年頃まで国是として唱えられていた「食料100%自給による防衛策」は何処へ飛んでいったのでしょうね?相次ぐ減反休耕で田圃は荒廃し復活不能となりました。使われずに残ったのは田植機・コンバイン・バインダー・管理機・防除機他各種農機具の山、借金。出てくるのは出稼ぎ労働者。そして農政不信。人心荒廃。ここからも美しい日本の国を「国民全員参加」で作りたいものです。議して決し実行あるのみですよね!

○懐かしい30年代の故郷防府を思い出して探し出した写真をどうぞ!
 佐波川沿いを走る防石鉄道と向島小田から眺望した写真です。
1.徳地町堀駅へ驀進する防石鉄道の貨物列車(1961年)
1961年11月2日高校最後の秋、同級生157人と佐波川 本橋を上流へ少し上った河川敷で飯盒炊飯をした。すき焼き ご飯は「吉牛」より遥かに美味かった。対岸を見ると防石鉄道 の貨物列車が徳地町堀駅へ向けて驀進中であった。
 そこから1時間かけて通学していたK君は文学少年で太宰治 ファンであった。明くる年彼から届いた年賀状には「顔之推」著「顔氏家訓」より「人間の足がふむ広さは、わずか数寸に過ぎ ないのに・・・」の戒めが引用されていた。佐波川を見るたびに 防石鉄道で通学していた彼とこのことを思い出す。この家訓は 岩波新書より桑原武夫編で「一日一言」にも掲載されてい る。この本は今でも私の座右の書である。K君に感謝!
1961年徳地町堀駅へ驀進する防石鉄道の貨物列車(名古屋のてっちゃん)

2.向島小田地区から桑の山・宮市方面の眺望(1963年)
 1962年高校を卒業し初めての正月は望郷やるせなく帰防 した。これは山の上にある生家から桑の山・宮市方面を撮影 したもの。この頃は未だ桑の山も秀麗な原形を留めていた。
 1960年に操業を停止した向島の製塩工場は、海側の 突堤二箇所・煙突を含め、操業停止状態の侭写っている。
 嘗てその名を歴史に刻んだ「防長三白」(米・和紙・塩)も これで幕を閉じたと歴史の非常なるを想った。
 当時田の浦への道は徒歩以外になかった。小田地区への 海岸道路は大正末から昭和初期にかけて「ツルハシとモッコ」 で作道されたと聞く。それまでは、右下の藁小屋の側を通って 一人歩行できるだけの山道で洗川まで繋がっていた。
 この小屋から右上に連なる山並みを見ると「金子みすず」の 「こだまでしょうか」を思い出す。4〜5歳の頃薄暗くなっても 田圃から未だ帰らぬ父母を迎えに行って山に向かって大声 で叫んだものだ。声はうねって返って来た。何回か繰り返す内に母の声が私のこだまに重なって返って来た。
1963年向島小田地区から桑の山・宮市方面の眺望(名古屋のてっちゃん)

7884 9/30 kaz.k 京都市中京区  “京に潜伏する長州人”です。2006年9月28日、またしても仕事にかこつけてプチ帰省してきましたのでレポートします。今回はケータイ(SO505iS・1.3Mpic)の写真も入れてみました。(ちゃんと投稿できるかな???例によってウザかったらテキトーにブチ切ってください)。

 のぞみ59号が新山口駅に到着したのは午前9時4分。そこから宇部市にある取引先に行く予定でしたが、いわゆるドタキャンとあいなり、さてどうしたものか。翌日(29日)は朝9時に広島です。が、それまでの時間を有効に埋められるアポイントはゼロ。電話をかけたり連絡を待ったりで約2時間、11時を過ぎ万策尽きて打つ手なし。結局、下した決断は“まぁ、たまにはいいか・・・”で、山陽本線の上り普通列車に乗り込んで防府へ。そもそも、この日は実家に泊まって宿泊費を浮かす魂胆でしたから、その時間が少々というか大幅に繰り上がっただけのことと勝手に解釈して、11時46分発の電車に乗り込みました。四辻、大道と過ぎて佐波川大橋を渡ります。佐波川の川面に青空が映り、とてもさわやかな感じです。
2006年9月28日防府市・佐波川大橋より(kaz.kさんより)
 植松跨線橋を過ぎたあたりから徐々に高架になっていくのに少々違和感を抱きつつでしたが、お昼過ぎには防府駅前に立っていました。

さて、どうしたものかPart2・・・空は快晴です。そのまま実家に向かったところで、昼寝以外にすることなどありません。そのまま市街をブラつくことにしました。

「おおっ!これがルルサスか!」

綺麗な建物です。「タマシゲ楽器店」も新しい店舗になって全く違う店のようです。などとぼんやりみているうちにお腹が空いてきました。そこで思い出したのが「二葉屋」。しかし、店の姿が・・・

「あ、二葉屋が消えた!」

そんなことはありませんでした。ちゃんとルルサスの中にお店はありました。が!

「ゲゲッ!あのサンドウィッチがねぇっ!」

 店は綺麗になってなかなか洒落た感じなのですが、あの紙に包んだサンドウィッチが、どこを探してもありません。そこで店員さんにご質問です。

「あの昔からあるサンドウィッチ、やめちゃったんですか?」

「すみません、あれは今、本店にしかないんです・・・」

 二葉屋さんの本店は、駅の港口側にある山口銀行のお向かいです。さっそく駅を抜けてテクテク歩き、二葉屋さんの本店に行ってみました。するとあったあった、あのサンドウィッチ。しかも「防酪コーヒー」のオマケ付きです。嬉々としてハムエッグ(298円)と防酪コーヒーを買い込み、行儀は悪いのですが、そのままパクつきました。防酪コーヒーの、あの何ともいえない甘ったるさは変わっていませんね。
2006年9月29日防府市・二葉屋のハムエッグ&防酪コーヒー(kaz.kさんより)
 再び駅を抜けて天神口へ。しかしルルサス、ハコ(建物)は立派ですが、人がいない・・・駅前を見回しても、かつて(昭和40〜50年代)の賑わいなど、どこにもない感じです。
2006年9月29日防府市・JR防府駅天神口(kaz.kさんより)

 「山陽楼」の建物と「長崎ちゃんめん」は、同じ場所に今もありますが、「丸久」「国鉄物資部ストア」も立ち読みでお世話になった「藤井書店」「福島書店」なども全滅、アーケードの角にある「権太鮨」の看板と旧山口銀行の外壁だけが、なんとなく当時を思い出させてくれるだけ。そして、先日の台風13号が巻き上げた潮の影響でしょうか、街路樹の葉が軒並み枯れてハラハラと舞い落ち、足元はまるで晩秋のムードです。ともあれ帰省したからには、まずは天神様にお参りだ!とアーケードを歩いて天満宮に向かいました。アーケードの中も、半分はシャッターが下りている感じですが、丸信があった通りに「おもちゃのなかむら」は今も健在。アーケードを出て旧国道を渡って2軒目の「玉屋模型店」も健在。ガキの頃には随分お世話になりました。そして、秋の日差しに照らされた防府天満宮に到着。

2006年9月29日防府市・防府天満宮(kaz.kさんより)

 石段を上がり、本殿に向かって二礼二拍手一礼。おみくじは「第五番 小吉」“運気容易に開けず口舌多し・・・”ま、こんなものか。春風楼に上がり、防府の町を一望。秋風が心地よく吹き抜けていきます。

2006年9月29日防府市・防府天満宮・春風楼より(kaz.kさんより)

 天満宮を出て歩を西に宮市へ。「メルシー」を覗いてみると、いたいた、懐かしい顔が。「よっ、久しぶり・・・」「???・・・あーっ!」会うのは15〜6年振りでしょうか、昨年、ジャパン・ケーキショーで日本一に輝いた砂田健夫くん夫婦は高校時代のブラバン仲間。ケーキをいただきつつ小一時間、近況などを話しました。新作だという秋茄子を使ったタルト仕立てのケーキは、酸味も程よく実に美味しいのでtakaさんも是非。

 「また帰ってきたときには寄るよ」とメルシーを出て、ゆめタウンで少々買い物をしてたら「Natural Sparkling 巨峰ミックス」を発見。なんと100円。荷物が増えたので、 タクシー代わりに姉貴を呼び出して帰宅。途中、旧国道沿いのコスパをすり抜け。あのあたり、高校生のときに一度、農薬散布で追いまくられたのか、ウンカだったかヨコバイだったかが国道を埋め尽くすくらい大量発生してるところに出くわして「なんじゃこりゃあ!」だったことがあるのですが、その発生源の田んぼと旧西鉄運輸の跡地がゴッソリ開発されていて、2年前のプチ帰省のとき以上に様子が変わっています。マックスバリュの進出でセブンイレブン(旧福田屋ストア)は閉店。おかげで実家周辺から酒類販売店がなくなり、この日のビールの調達には、小徳田の東のユアーズバリューまで行かなきゃならない始末です。

 2年ぶりの実家では、親父が台風で壊れたガレージの屋根の修理中。家の中は相変わらずのネコ屋敷状態で、新顔のチビ犬がキャンキャン。その晩使う布団の上で黒猫がゴロゴロ、おかげで毛だらけ。とりあえず荷物を下ろして、佐波側土手にリフレッシュに行きました。犬を連れて行こうかとも思いましたが、先月1匹があの世に召されて、残った1匹も完璧にボケ老人化していて反応が鈍いのでやめました。2年前の台風でなぎ倒されていた土手の道路標識は倒れたまま。あのときよりも少しだけですが時期が早かったので、土手の彼岸花の赤色が鮮やかです。
2006年9月29日防府市・佐波川土手に咲く彼岸花(kaz.kさんより)

 佐波川を渡ってくる風だけは、相変わらす穏やかでした。頭上を過ぎる北基地の練習機の音もそのまま。佐波川の流れも一見、おだやかです。が、親父曰く「佐波川も上流が宅地化してきたことで生活廃水が流れ込むようになって、最近は川底がドロドロ。とても泳げる環境ではなくなった」のだとか。遠目にはまだまだ美しい様でも、侵食は確実に進行しつつあるようです。

2006年9月29日防府市・佐波川土手より(kaz.kさんより)

 河川敷の様子も変わりましたね。かつては背丈よりも高い萱の藪をかき分けないと川岸に行けませんでしたが、綺麗に整備されて今は、あの萱がザワザワと擦れ合う音が、風に乗ってくることはありません。そして、土砂採掘で赤茶色い肌を見せていた女山と田島山の稜線も、すべて緑に覆われています。

2006年9月29日女山と田島山を望む(kaz.kさんより)
 あ、そうそう土手の下は母方の墓所だった、と前回は図らずもパスってしまった、亡きばぁ様の墓参りに行きました。が、手ブラで花はおろか線香もなし。飲み屋のママのところには律儀に花抱えて行くクセに・・・そこはなんつ〜か計画性全くなしの思いつき、勘弁してくれぃ・・・

 家に戻り、ローカルニュースを見ながら夕食。「田中のとうふ」の味噌汁が嬉しい。ビールは“キリンの赤ぇほう”。テレビの中じゃ姉貴がコメンテーターなんぞやってやがってます。翌朝が早いので、風呂から上がったらとっとと就寝。おやすみやす・・・zzz

 起床は午前4時50分。5分で戦闘準備、防府駅発6時26分の新山口行きに乗るために、5時5分には出発しました。交通機関は徒歩。かつては結構本数もあった旧国道を走る防長バスは、今はほとんどなくなっていて、新山口駅発の時刻表では7時台、9時台、11時台、午後1時台と午後5時台のわずか5本のみ。防府発はそれぞれ、この1時間5分後の5本です。秋穂方面行きも、ほとんどが中央病院を経由するため、旧国道を走らなくなっているそうです。

 空というものは、夜明け前が最も暗い・・・月のないこの日、見上げれば京都では決して見ることのできない満天の星空でした。植松八幡宮に参り、旧国道の小徳田付近から高架沿いに出ました。白み始めた空に徐々に浮かび上がってくる大平山の稜線を見ながら歩くこと45分。朝の冷え込みは京都以上で肌寒く、HOTな缶コーヒーを片手にたどり着いた防府駅はバスなし人影なし、僅かに客待ちタクシーが2台のみ。電車の時間にはまだ早く、もう少しゆっくり出てくればよかったと思いつつ、ホームに上がりました。すると「ただいま約5分遅れで運転しております」のアナウンス。おいおいJR西日本・・・
2006年9月29日防府市・9月29日の夜明け(kaz.kさんより)
 パラパラと高校生の姿も見え始め、それらに混じって電車に。そして7時5分、500系のぞみ2号は防府平野の北を駆け抜けました。その約1分のノスタルジーの中で、今度はいつかな、と思う自分がいました。懐かしい顔、風と空気、そして水・・・山崎まさよしのディスクは2枚あったのですが、今回はなぜか、一度も聴いていませんね。

そうそう、ちなみに防府駅の立ち喰いうどんは「木村軒」さんではなく「味一」でした。新山口や広島の新幹線ホームと同じ業者です。

7885 9/30 ミナ 奈良県生駒市 はじめまして。ミナというものです。
ひょんな事からこちらのHPを見つけ拝見させていただきました。進学のために防府を離れて7年になります。
学生のころはちょくちょく帰省していたのですが働きだしてからなかなか帰省することができず、こちらのHPの写真で防府駅周辺の環境の変化に驚いています。
10月に高校時代の友人が結婚する事になり久々に帰ります。仕事のためとんぼ返りですが凄く楽しみです。
私事を長々とすみませんでした。失礼いたします。
7886 10/1 やまいも 横浜市 暑くもなく寒くもなく、今頃がとてもいい気候ですね。
○9/30(土)に、「天神まちかどフェスタ」が天神町銀座商店街で開催されたのですね。防商HPで写真を見ると、結構賑わっててなによりです。また、特別棟の校舎もだんだんと出来上がってきている様で、完成が楽しみです。
○聖さん 「出口のない海」へご出演されているなんて、なんかすごいですね!事故に会った並木少尉の回天が引き揚げられる時、浜辺で見守っている地元の人達のお一人でしょうか?良い記念ですね。
○田んぼの学校佐波川事務局さん 田んぼとヒガンバナの写真、ありがとうございます。昔は毎年見慣れた風景だったので気にも留めていませんでしたが、今ではとても懐かしく癒される風景です。
○kumazaさん 秋の収穫風景、楽しく読ませていただきました。そうそう、子供の頃「としゃく」に上ってよく叱られたものです。また、脱穀あとに山積みされた藁のてっぺんに上ったり、トンネルを作ったりして遊んでいました。「とうみ」、「発動機」も懐かしいですね。回っている発動機にベルトを掛ける父の姿を、とても頼もしく感じていました。
○かわぐちさん 遅くなりましたが、挨拶状届きましたよ。ありがとうございます。もう新しい所で頑張っておられるのですね。私の方も仕事では結構色々とありました。落ち着いたら、また親睦会をしましょうや。
○takaさん 台風、地震と大変でしたね。それに遅くまでの仕事、家の用事、子供さんの運動会、HP用の写真撮りと、休む暇もありませんね。改めてありがとうございます。
7887 10/2 taka21 防府市植松

さきほどまで、デザイン界の巨匠である浅葉克己さんの公演をルルサスでお聞きました。すごかったです。
なかなか、山口県では、聞くことができません。

○kumazaさんへ

ありがとうございます。当時の様子を語っていただき、感謝しています。
読んでいまして、コンバインで機械化された後も、種モミ用のものだけを、「千歯こぎ」で、両親がやっていたのを思い出しました。また、動力機をつけて、動かす脱穀機も、懐かしいです。耕耘機から動力をかけることもありました。
そうでした。私も同じです。父親とかが、動力機にベルトを掛ける作業をしているときは、輝いて見えました。
ありがとうございます。
私の家は、以前、農家相手の精米所をしていました。その関係で、華城、西浦、中関、遠くは佐野や大道の方まで、我が家に玄米を持ってこられていました。
私は子どもでなにもわかりませんでしたが、今は、お世話になったみなさんに本当に感謝しています。また、父親は偉大だったと、今は思います。
○ふくまるさんへ
ありがとうございます。
いつも、投稿を読んでほっとします。
○桜子さんへ
また、なにかありましたら、ぜひどうそ。
同じ思いをされている方も多いと思います。
○名古屋のてっちゃんさんへ
貴重な写真です。ありがとうございます。
本当に感謝しています。
みなさん、喜ばれると思います。
○kaz.kさんへ
お帰りなさい。詳細のレポートありがとうございます。
じっくりと読みましたよ。
メルシーへ行きます。
○ミナさんへ
がんばられていますね。帰省楽しみですね。
何か、思い出話でもあれば、また、是非書いてくださいね。
お待ちしています。
○やまいもさんへ
ありがとうございます。
公私ともに多忙で、更新が遅れ気味で、ご迷惑をおかけしています。

7889 10/3 taka21 防府市植松 今月から、車で下関ナンバーが出現するそうです。数がないと無理みたいですが、防府ナンバーも欲しいですね。
○2006年10月3日の防府市内
朝の日の光も斜めになり、秋が日ごとに深まっています。
さて、昼休み、自宅から少し離れた、田んぼの中を通りました。
2006年10月3日防府市植松、実った稲と大平山

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