防府出身者・在住者のための情報掲示板No.787

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No. 登録日付 お名前 ご住所 内  容
7870 9/26 taka21 防府市植松

○燃える闘魂さんへ
そうですね。私もがんばろうと思います。
同じ日はないものですね。毎日、変化変化ですね。
○地震
今朝、2006年9月26日午前7時3分に地震がありました。
防府市内は、震度3と報道されていました。
でも、朝のあわただしい中でしたので、びっくりしました。
何か物が落ちるということもありませんでした。
○Michi@メールのご紹介
以前もお伝えしましたが、国土交通省中国地方整備局が行っている、道路防災情報のメール配信です。無料で、今朝の地震や台風の警報などもその都度配信されます。結構、便利です。また、道路の温度も送信されますので、冬の凍結の判断も在る程度可能です。
携帯でhttp://www.cgr.mlit.go.jp/k/
にアクセスされるか、
パソコンで、http://www.cgr.mlit.go.jp/k/をごらんください。

7871 9/26 嘉代子 防府市 >>つよし様
おみやげは、石本のアイスなんてどうでしょう?
昔はよく行ってましたが、まだあの店はやってるのでしょうか。
お気を付けてお帰りくださいまし。
7872 9/26 taka21 防府市植松 ○嘉代子さんへ
情報ありがとうございます。
石本のアイス、どのあたりのお店でしょうか?
教えていただけると幸いです。
7873 9/26 てつや 静岡県  Takaさん、懐かしい写真ありがとうございます。新世紀のすぐ近く(北へ行く道)に実家があります。

ところで、山口県から久々の総理誕生、うれしいものがあります。私事で恐縮ですが、去年誕生した長男の名前、新総理の名が一字入ってます。(親父がつけました・・・)

7874 9/27 taka21 防府市植松 ○てつやさんへ
あのあたりなんですね。よかったです。たまたま、ほっかほっか亭に行ったときに撮影しました。(笑)
それと、昨日更新されたgoogleの地図で開出交差点を見ると、もっとわかりやすいですね。一応リンクします。開出交差点は、ここです。
googleearthといい、ふるさとを空から見る楽しさが増えましたね。

私のお知り合いが、開出本町にいらっしゃいます。静かでいいところですね。あの、デオデオから旧国道2号と並行して走る道路は、あまり亨機会がないのですが、好きな道です。写真を撮ろうと思うのですが、車を停めるところがなくて、いつも素通りです。いつか、撮影しますね。

安倍総理誕生。昨日のローカルニュースでは、トップニュースでした。下関市では、花火もあがったそうです。しばらくは、この話題で持ちきりだと思います。

○2006年9月26日の防府市内

秋の朝です。さわかやかです。稲刈りも小野地区では、進んでいるようですね。
稲刈りの時に、稲の中を走り回って、フロに入るときに、痛いのですよね。それを思い出します。
2006年9月27日防府市植松の秋の空と稲
私が小学校低学年のころ、昭和42年頃までは、まだ、手で刈っていました。それは、親戚一同が手伝いに来るくらい大変な作業でした。家がにぎわう日でした。
そして、昭和42年頃だと思いますが、バインダーが登場しました。当時は価格が高く、近所の方3軒だったと思いますが、共同で購入したと父が話していました。
稲を自動で刈って、稲の下の部分を自動でひもをまいて、倒していく仕組みに感動しました。でも、干した後に、家の庭で脱穀をする作業があります。家の庭全体に敷物を敷き詰めて、行っていました。

そして、昭和48年ゴロではないでしょうか。コンバインが登場しました。小さな脱穀機が載っていることに本当に驚きました。父が運転をし、コンバインから袋をおろしておろしていくのを手伝いしました。そのコンバインで、脱穀した籾殻を2つの袋に分岐して入れるようになっていて、いっぱいになったと思ったら、切り替える作業があるのですが、その作業も手伝いました。学生で上京してからは、手伝うことはできませんでした。
そのころでしょうか。真っ赤な夕日の中で稲刈りが終わった光景を今も忘れられません。

さて、それから15年も経ち、今親戚一同がそろって、稲刈りというような光景は見たことがありません。
7875 9/27 ここ 東京 最近銀座に新しい本格サンドイッチのお店ができたって知ってますか?
JR有楽町駅から銀座プランタン、カルティエ、銀座松屋と高級店を通り過ぎるとスターバックスの隣にクイズノスサブという本格アメリカ初のサンドイッチが食べられるお店があります。
場所が見つけにくいのと作ってもらうのに多少時間がかかるのが難点ですが、隠れ家的な雰囲気で食事をするのが好きな人やスタバのように少し時間がかかってもおいしいものが食べたい人にはものすごくお勧めです。
外で食べるのに野菜がいっぱい入っているのと何よりもパンがとてもおいしいです。
気になる人はぜひ試してみてください。
7876 9/27 taka21 防府市植松

○ここさんへ
はじめまして。すみません。この掲示板は、山口県防府市に関する掲示板なので、銀座ネタは、避けていただきたいですね。ごめんなさい。どこか、内容で防府につながるものがあればいいのですが。
結構、さまざまな投稿があるので、制限させていただいています。
よろしくお願いします。

しかし、銀座も何年も行っていません。1990年1月には、東京八重洲口で働いていました。すでに、2月に退職も決まっていて、引き継ぎ書を書く程度の仕事だったので、よく昼間に銀座を歩きました。また、Uターンしてから、1992年1993年には、TYSの東京支社が、銀座にあったので、電通さん等へ行く前によく行きました。懐かしいな。一度、食べてみたいですね。ありがとうございます。

7877 9/27 家庭の胃学 神奈川県相模原市 ご無沙汰しております!
お彼岸を過ぎ、風もさわやかになってきましたね。(本日最高気温30℃予想らしいですが…)
安倍新総理のニュースをみると、山口県出身とあって何だかとてもうれしいです。
安倍さんとは、ご縁があるのか…宇部空港や小郡駅(新山口駅)で数回お目にかかりました。
素敵な方ですよね。
安倍さんらしく改革していって欲しいと願っています。
7878 9/28 taka21 防府市植松 ○家庭の胃学さんへ
おひさしぶりです。相模原へお引っ越しをされたのでしょうか?
今朝の防府もさわやかな朝です。長袖がいいのかなと思うような涼しさです。
私も昨年、安倍総理(当時官房長官)は、ある会でテーブルを回られて、たまたま私のお隣で挨拶をされました。大変な状況ですが、がんばっていただきたいと思っています。
7879 9/28 kumaza 新田 takaさんが昭和42年以降の秋の収穫風景を書いておられたので、私は新田地区の昭和20年から30年代を思い出して書いてみます。
昭和30年代の収穫はやはり稲刈り鎌で腰を曲げながら一株ずつ刈ることから始まり、直径10cmくらいに藁で束ねそれをふたつの三脚に竹ざおを渡した「はぜ」に掛けて数日間乾燥させました。乾燥が終わると脱穀です。
小学低学年のころ(昭和20年代後半)は足ふみ式の脱穀機でU字型の針金が沢山ついた木のドラムを向こう側に回転させながら脱穀しました。ドラムは手前にも回るので向こう側に向けて始動させるのが難しかったように記憶します。この足踏み式脱穀機は防府の人が発明したと言うことを最近知りました。
昭和30年代前半位に脱穀機は発動機式にかわり能率が格段と上がったと思います。ヤンマーの発動機があったと思います。発動機の扱いは男の仕事で、女、子供の力では発動機を駆けるのはムリでした。発動機と脱穀機は平ベルトを介して駆動されていて平ベルトを回転する発動機のプーリーに大人の人が上手にかけるのを感心してみていました。はぜから脱穀機まで稲を運ぶのが手伝いの一つで、田んぼをはだしで歩いたあの感触は忘れられません。
発動機の音を物まねして遊んだりもしました。脱穀したモミは、「とうみ」と呼ばれる木製の手回し式の機械で風を起て重たく実った「モミ」と「あくた」(藁ごみ)や軽い「シイラ米」を吹き飛ばして分別し実った米を収穫します。収穫したモミは「門(かど)」いっぱいに広げた「ムシロ」の上で天日で乾かしました。朝、ムシロを広げ夕方、露が降りないうちに取り込むという作業が1週間くらいあったでしょうか。モミはグランドをならすトンボのようなで器具(モミの表面積を広くするためにならすところが波になっている)でムシロいっぱいに広げます。この時期、雨が降った記憶が殆どありません。
この作業は今は全て乾燥機に変わっています。乾燥が終わるといよいよ臼引きです。この臼引きが秋の穫り入れのクライマックスのような印象でした。臼引き機は機械を所有している家にたのんで来てもらっていました。臼で引かれた新しいお米は自宅の貯米機に保存したり、農協へ供出したりされました。
臼引き機から空中に飛び出たモミ殻(「すくも」)は田んぼの一角に子供の背丈くらいの山になります。
すくもは火をつけて焼かれるのですが、そのなかにサツマイモをくべて焼き芋をします。焼き芋はこの方法で焼いたのが一番おいしいと今でも信じています。脱穀の時にでた藁は、円筒形の「としゃく」(のう)に積み上げられ、来年の田んぼに「押しぎり」で切ってしきこまれたり、風呂の燃料や、「こも」や「輪飾り」の材料になりました。としゃくの上で遊んでよく叱られたものです。一冬一春を越して、としゃくを崩すと地面の腐ったところからカブトムシの大きな白い幼虫が出てきたり、時には蛇のたまごが出てくることもありました。最近の機械化でスピードアップした秋の収穫を見ていると手間暇をかけて収穫されていたころ
に比べ、秋の収穫の感慨も薄れているように感じられますが、高齢化、後継者不足などの時代の流れでそれはそれで今のやり方がベストなのでしょう。
(長文になり恐縮です。)

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