防府市大道 アサヒミソ

防府出身者・在住者のための情報掲示板No.627

・・・ただ今、投稿募集中!お気軽に、どうぞ!・・

掲示板メニュー 前の掲示板 次の掲示板 投稿はこちら

No. 登録日付 お名前 ご住所 内  容
6270 3/17 防府市 「梅・うめ〜まつり’05」の日は両日ともとても寒かったですね。土曜は仕事で行けませんでしたし日曜はとにかく寒い・・・・・基本的に寒がりで出不精の私は妻に「やきいも買ってきて!」と言ったものの既に売り切れとのことでした。残念!でもつきたての餡餅を買ってくれて暖かな部屋の中で美味しく頂きました。

ところで中学生の娘からこんな質問が・・・・・
方言の質問ですが「はぁ〜」って何?というものでした。
「みんな、はぁ〜、はぁ〜、ってよく言うんだけど意味がわからない」とのこと。子供らは神奈川県生まれで神奈川県育ちですので確かにわからないかも知れません。でもうまく説明できないんですよね^^; 「はぁ〜ちゃ、はぁ〜なんよ」と言ったものの変りに標準語で説明しようとすると的確な言葉が見つからないんです。
一つは「もう、○○」とか言う「もう」と言う意味があると思うのですがその他にもまだあると思うのですが何気なく使っているので改めて聞かれると説明できないという感じです。
何か他に的確な説明が出来ますでしょうか?

6271 3/17 taka21 防府市植松

○デザインプラザHOFU藤井光彦さんへ
お疲れ様でした。
私も「親子クラフト教室」の様子を見ましたよ。盛況でしたね。熱心に作られていましたね。
○kaz.kさんへ
同じような思い出をお持ちですね。
夏の早風呂、そのような思い出が私にもあります。昭和30年代、40年代はじめは、まだ、農作業は機械化されていなく、田植えや稲刈りの時は、親戚がみんなテゴ(お手伝い)に来て、作業が終わると、みんながお風呂に入っていました。われわれのような子供は、先に入りますので、明るい内に入りました。
子供の頃は、親戚一同が集っての賑やかな、あのような光景が永久にあるように思っていましたが、年々機械化されて、今では、一つの田でおおぜいの人が作業をすることはなくなりましたね。
五右衛門風呂は、木をくべるのが面倒だから、次々に入らないといけないので、それが家族のつながりを感じるて、よかったと思います。また、家々にも小さな煙突があって、それもいい景色でしたね。
ネコちゃんは、災難でしたね。
○聖さんへ
本当に寒い日でしたね。そして、日が変わると、この暖かさ。寒暖の差が激しい毎日ですね。
方言のお話ですが、難しいですね。言葉に詰まったときの、「え〜と」のように、あまり意味がないような言葉のように思います。私も、「はぁ」「もう」はよく使います。このときも、仕事が忙しく、「もう、やっちょられん。」「はぁ、やっちょられん」のように使うので、あまり意味はありません。「超〜忙しい」のような感じでしょうか。娘さんも大変ですね。
○現在の山口県をごぞんじですか?
今、山口県内では合併が進んでいます。来週2005年3月22日には、新・長門市が誕生します。くわしくは、山口県市町村合併推進室のホームページをごらんください。また、現在の山口県の地図はPDFファイルで提供されています。ご覧になると驚かれると思いますよ。合併状況を知っている私でさえも、地図をビックリしました。ご存じのとおり、防府は防府です。がんばりましょう。

6272 3/18 百間土手 HAWAII 塩田の話題が出ていますが、S20年代。
風邪だ、腹痛だとよくかよっていたO先生というお医者さんの隣には塩田が広がり、ひしゃくで海水をまいているのをよく見ました。
多分、浜方あたりだったと思います。海からの細い水路のつきあたりでした。当時、山陽本線で広島の方から山口に入ると、瀬戸内海側では塩田があちこちに見られましたね。
Anne
さん同様に私も向島の山に登りました。
新田小の1年か2年頃(S29,30年)だったと思いますが、頂上にテレビ塔がたったというので、それを学校から見に行ったのです。でもテレビがある家庭など、ほとんどありませんでしたが。
五右衛門風呂もなつかしいですねぇ。ポンブでシュポシュポと水を汲みあげ、風呂を焚く時に竹をくべるとものすごい破裂音がして怖かったです。風呂釜のまわりのセメントの冷たい感触が、足の裏に残っているような気がします。
takaさんの気になっている、はぶてるのTシャツをやっと発見?。
タウン&カントリーというサーフボードのお店のオリジナル品で、ハブテルとカタカナでプリントしてあり、その下に小さめの字でHABUTERUとありました。写真を撮ろうとしたら、いけんにぃねって英語で言われちゃいました。きっと、人相が悪かったんでしょうねぇ。
またのチャンスを狙ってみます。
6273 3/18 かわぐち 浦和市 貞永さんの写真を眺めて、改めて海が綺麗になったと思いました。
小学校低学年中は綺麗だった佐波川も昭和40年代には汚れて川底が見えなくなり、田浦海水浴場も水が綺麗とは言えなかったのですが、今は随分と綺麗になったようですね。
錦橋の向島側には今でも交番があるのでしょうか?
同じお巡りさんが長く駐在していて地元に密着していましたように憶えています。

takaさんの「地方での媒体」を面白く見ています。
すでに防府にもあると思いますが、「ケーブルテレビの多チャンネル化」と「無料の地域ミニコミ誌」が一例になると思っています。
その地域の天気予報がメインで併せて広域の天気予報だけを放送しているチャンネルなどは結構需要が高くて、我が家もよくみています。(今日は布団を干すとか)天気図の下に静止画&時候の地元店のコマーシャルが出ていて、それも面白い。
ミニコミ誌は現在3冊程度が郵便受けに入っていて各誌共、紙面の充実に努力しているし、お店の情報も豊富です。
逆にテレビは、数少ない面白そうな番組以外は見ませんね。
6274 3/19 kumaza 下新田 今朝(19日)防府の朝は、霜がおりて薄氷もはっていました。
しかし春はもう確実にはじまっているようです。上地、寺開作方面を散歩しながら感じました。
防府から春をどうぞ。
2005年3月19日防府市の春(kumazaさん)
6275 3/19 やまいも 横浜市 ここ最近、ベランダの角に黄色いものが溜まっています。花粉症の方、大変ですね。私も最近、花粉症もどきです。(なんとなく、自分で認めたくない心境です)
○もう終わってしまいましたが、ほうふ日報さんHPの3/8記事に、住友信託銀行山口防府支店ロビーで那須正幹さんの「ズッコケ三人組卒業記念展」が開催されたという記事を見つけました。
○kaz.kさん
我が家も子供の頃は、五右衛門風呂でした。
浴槽に板が浮いており、それを足で沈めて入りましたよね。
勿論、風呂に水を入れるのも、沸かすのも子供の仕事でした。藁や雑木、マキなどを使って沸かしていましたね。どうしたら上手く火を点けるかを、自然と学んでいきました。最近はスイッチひとつで便利になりましたから、生活の中で親から学ぶ機会も減りましたね。大事なことですが。
そうそう、ネコの話、うちでも同様な事件(?)ありましたよ。人間は大笑いしていましたが、ネコちゃんは九死に一生の思いをしたことでしょう。三毛猫にもう一色(灰色)が増えていました。
○takaさん
我が家のトイレは、一旦外に出るタイプで、しかも何故か電球がついていませんでしたので、夜になると懐中電灯を持ってトイレに向かいました。
怖いテレビを見た夜なんか弟と一緒に行ったり、どうしても一人の時は、1秒でも家に入りたくてダッシュしていました。
因みに、今は家の中にあります。それと、トイレの後の手を洗うプラスチック製で下のスイッチを上に押すと暫くの間水が出るというの、ありましたね。
あまり使わなかったけど・・・
6276 3/19 x508 広島市 この前、用事があって実家に帰省しました。
免許とりたての息子とドライブがてら、防府→山口→小郡→防府と車を走らせました。窓から見える景色もなつかしかったですが、私が免許をとってウロウロした頃も思い出しました。
あの頃は、嬉しさのあまり、意味もなく深夜ドライブをしてましたね。なんか楽しかったなー、もう25年前になります。
お決まりのドライブコースってあったよね.....。
6277 3/19 taka21 防府市植松 ○百間土手さんへ
塩田のお話、ありがとうございます。私の母は、秋穂で暮らしていましたが、戦時中は、勤労奉仕で防府の塩田へ来たことを話してくれています。大変だったようです。戦争は反対です。
山陽本線から、塩田の光景が広がっていたのですね。すごい光景だったのでしょうね。
私のような40代の世代が、塩田が荒涼とした跡地であったことを知っている最後の世代だと思います。さまざまな産業も栄枯盛衰がありますね。しかし、あの塩田があったからこそ、その跡地にマツダさんやブリヂストンさん等の工場進出があるのですね。今では塩田の様子は、No.2045でご紹介した三田尻塩田記念産業公園で見ることができるだけですね。
はぶてるのTシャツの情報、ありがとうございます。すみません。よろしくお願いします。
○かわぐちさんへ
向島の交番、まだありますよ。位置も変わりません。
防府警察署のHPの右下の地図をクリックし、向島の交番のマークをクリックするか、「交番・駐在所の紹介」のページをごらんください。

お読みいただきありがとうございます。
そうですね。ケーブルテレビによる、多チャンネル化は、進んでいます。私も天気予報のチャンネルはよく見ます。山口ケーブルビジョンでは、C15チャンネルです。同じように、画面下部にCMが入りますが、山口ではCMはあまり入らないようで、ケーブルインターネットのCMが多く、表示されます。
ところが、 各戸配布の雑誌は、防府市内ではまだないようです。山口市・小郡町に関しては、「月刊ぷらざ山口」があります。防府では、お店の会社の数と規模、また、商圏を考える、さらには費用対効果を考えると、雑誌の定期的な発行はかなり大変だと思います。
それと、4月の番組編成の変更で、山口県の民放3社とも、ローカル番組の充実を全面に出してきています。オリジナルコンテンツの充実を図っているようです。番組的に成功するのも大変ですが、それを売上に結びつかせるのが大変だと思います。がんばれ!山口県の民放3社!
○kumazaさんへ
いい写真ですね。私自身は、忙しくて、夜0時頃まで連日働いている毎日ですので、のんびりとして、そして、さわやかな春を感じて、ホットしていいです。
春本番ですね。
○やまいもさんへ
私は、那須正幹さんの展示会へ行ってみたかったのですが、行けませんでした。
五右衛門風呂の件、全くそのとおりです。板を沈めて入りました。ただ、手伝いは、毎日はしなかったように覚えています。
トイレの件、離れたところのトイレは、夜は怖かったです。私もその経験があります。また、夏の蚊には、困りました。
○x508さんへ
帰省お疲れ様でした。息子さんの運転は、なかなかよかったのではないでしょうか。
そうですね。初めてのマイカーは、本当にうれしかったですね。私は東京在住時だったので、毎週のように、カー用品屋さんへ行っていました。そこまでが、一つのドライブコースでした。
○ほうふ日報さんの創刊50周年
ほうふ日報さんが、なんとこの2005年3月18日に創刊50年目を迎えられました。おめでとうございます。昭和30年3月18日の創刊されたそうです。この3月18日には、創立50周年記念の祝賀会も盛大に行われたそうです。地元の正義の言論誌として、益々のご発展をお祈りいたします。
○2005年3月19日の防府市内
家の前の田に、つくしが出ていると子供が教えてくれて、撮影しました。たくさん出ていました。結構、身近なところに、たくさんあるのですね。
春本番です。
2005年3月19日防府市植松つくし
6278 3/19 防府市 市内のあちこちから菜の花やツクシなどの春の便りが聞かれるようになりましたね。
昨日、たまたま通った沖今宿で小川に芹が群生しているのを発見しました。そこで早速、子供らを連れて芹摘みに行ってきました。芹は八百屋やスーパーでも売っているのかもしれませんが摘みたては香りが違います。
お浸しにしてもらって「春」を早速いただきました。
2005年3月18日防府市沖今宿の芹(聖さん)
6279 3/20 tokki 新潟市 突然の地震ですが、防府のほうは、いかがですか?
お見舞い申し上げます。
震度4なので、大きな被害にはなっていないと思いますが、立っていられないほどの揺れがきたこととご推察します。
何事もないことをお祈りいたします。福岡は震度6ですが、これは、体験した人ではないとわからないですね。本当に怖いぐらい揺れます。
私は、中越地震で震度6を数回体験しましたが、言葉では言えない恐ろしさです。
テレビでは、瓦が落ちたり、家の壁が壊れたりした映像が流れていますが、被災された方々の生活が、早く、平穏な日々に戻られるようお祈りする次第です。

掲示板メニュー 前の掲示板 次の掲示板 投稿はこちら

もしこのサイトtaka21.comを気に入っていただけて、よろしければ右の文字をクリックし読まれて、ご援助いただければ幸いです。 決してご無理はされないように願います。
ご協力お願いします。
詳しくは、こちらへ。
私の好きな防府の場所は? アンケートにご協力を!
ショップのご案内