2日夜、21時23分に防府駅に降り立ちました。そのまままっすぐ実家に向かうかと思いきや、知り合いが最近始めた店に引っかかることにしました。駅前通からアーケードに入って50メートルほどの左側にある「銀朱(ぎんしゅ)」というダイニングバーです。銀色の内装が朱い光で演出された小洒落た店です。地鶏のたたきの2種盛をアテにギネスビールを3本いただきました。そして気分が良くなったところで店を出て、駅前からタクシーに乗り、大崎橋方面に向かいます。旧国道のセブンイレブン前でタクシーを降りて缶ビール(もちろん、キリンの赤ぇほう)を1缶買い、それを片手にフラフラと・・・聞こえてくる虫の音は、脳ミソにこびり付いたガキの頃の記憶そのままです。そこに稲刈り直後の藁の匂いが夜風に乗って流れてきて、深呼吸すると変に防府にいることを強烈に実感して、鳥肌が立った月夜でした。
久しぶりに帰った実家は、4匹の猫ぼく(死んだばーさまが猫を怒鳴りつけるときの口癖)が家中を我が物顔で闊歩するネコ屋敷と化していました。2匹いる犬の肩身も相当に狭そうです。とりあえずこの日は、そのまま寝ました。
明けて3日の日曜日。朝、犬2匹を佐波川土手に散歩に連れて行きがてら、実家の周辺をあらためて見回すと、台風の爪痕はまだ各所に残っていました。屋根のブルーシートはともかく、土手の道路標識など風になぎ倒されてそのままです。ただ、佐波川を渡ってくる風は穏やかで、吹かれているだけで本当にリフレッシュした気分になります。
朝食はご飯と納豆、それに田中のとうふが入った味噌汁。昼頃までゴロゴロしてから姪のチャリンコを借り出し、カメラ片手に防府の街をブラつきに出ました。植松八幡宮に参ってから出発。田んぼの中を抜けていく華城小学校への通学路もその様子はほとんど変わらない感じですが、さすがに旧国道沿いまで行くと大きな建物が立っていたりします。この辺り、あぜ道に彼岸花が咲き乱れるところなんですが、今回は少し時期が遅くて、ほとんど終わってました。小徳田の歩道橋の下を横切って(上を渡ってみればよかった)山陽線の下をくぐって華城小へ。かつてオフクロが勤めていた華城農協も今は建物が残るのみ。(現在はJA防府とくぢ華城支所)お世話になっていた正門前の浜田理髪店は営業中で、よく可愛がってもらった婆様を思い出しました(もうかなり前に他界されましたが・・・)。
そこから防府高校に向かいました。この道はここからは高校への通学路(徒歩通学時)です。途中、後でケーキを買いに来るつもりでシェ・モムの場所を確認し、桑山まで来て「おぉ!」と驚愕。理由は、台風の影響で実家の桜や杏などが狂い咲きしていたのですが、桑山の桜ベルトでもチラチラと白いものが・・・稲刈りの盛りの時期でススキがなびき、風にキンモクセイの甘い香りが漂う季節だというのに、山肌を見ればところどころに鮮やかな新緑が芽吹き、本来常緑のはずの竹林が潮を被った影響で枯れたように茶色く変色しているところにチラチラと咲く桜・・・自然というのは時々、考えられないような姿を見せます。
防府高校前を通って、そのまま天神山まで行きました。帰省したからには御参り&おみくじは必須です。天満宮も台風の被害に遭ったようです。強風で落下したのでしょう、二の鳥居の上部がありません。また春風楼にも補修のために足場が組まれていました。が、相変わらずハト御殿になっているようです。さて、おみくじの結果は「大吉」。気分がいいので、ここでおやつタイムです。途中で買っておいた双葉屋のサンドウィッチ(ハムエッグ)です。スライスしたゆで卵にタップリのマヨネーズ、ハムは薄いけど、そこにしっかりマスタードの風味が効いているのがいいですね。コンビニサンドじゃ、こうはいきません。
天満宮を後にして一旦、旧2号線に出ます。高校の頃に出入りしていた喫茶店を探してみましたが、やはりみつかりません。そこからは東へ。松崎小学校の前を通ると、グラウンドを借りて幼稚園の運動会が行われていました。ここでも校門の桜は狂い咲きです。国分寺前を過ぎ、多々良、毛利庭園前とさらに東へ。この道はかつて彼女を送っていった道です。道のカーブもゆるやかな上り下りも、岩畠のやはず園辺りの風景も、ほとんど当時のままでした。目の前に大平山が大きく迫ってきて、今の山陽道の下をくぐり、ロープウェイ入口の交差点を渡ると、そろそろ2人の時間も終わり・・・「家から見えたらマズいから」と、彼女の家が見える一つ手前のカーブで別れたものです。つくづく、山崎まさよしのMDを持ってくるのを忘れててよかった。ここであんなモン聴いた日にゃ、感情が入っちゃって大変です。
そこからUターンして実家を目指しますが、当時は旧国道沿いを帰ったものですが、今回は宮市を抜けて新橋付近から佐波川土手に上がり、佐野堰、大崎橋と佐波川を堪能しました。青空が川面に映った佐波川の流れは本当に美しい。写真もかなり撮って歩いたのですが、デジタルじゃないのでお見せできないのが残念です。そして帰宅。この間、2時間と少々。思ったよりも防府の街は狭いな、と思いました。
夕方、オフクロを連れて買い物に出た後、姉貴の車を借り出して再度外出。シェ・モムとメルシーでケーキを買いました。話題のシェ・モムも楽しみだったんですが、実はメルシーの若夫婦は2人とも高校の同期で、ブラスバンド仲間でした。彼の菓子職人としての経歴は素晴らしく、数々の賞を獲得しています。本人達には結局会っていませんが、店に置いてあった彼を取材した記事の写真を見ると、当時のままいい年を重ねてるな、という感じです。こういうのを見ると、俺も何かやらなきゃ、という気になってきます。それから20年ぶりに、デリカテッセン石川にサンドカツ&イタリアンカツを買いに行きました。高校の頃の好物で、しょっちゅう買いに行っていたのを店のおばさんは覚えていてくれました。真っ黒けの凶悪なサングラスをかけていたにもかかわらず、一発で言い当てられたのには脱帽です。
親父と2人でサンドカツ&イタリアンカツを肴に夕食前にビール(当然、キリンの赤ぇほう)で晩酌。ケーキは・・・残念ながらあたらなかった(全部で8個も買ったのに)。この手に目がないうちの女系を甘く見てました。この日の夕食は天ぷらと筑前煮、蓮根炒め。台風のおかげで時期外れですが、紫蘇の穂とお茶の葉の天ぷらを食べることができました。紫蘇の穂の天ぷらは、我が家では夏の定番でした。明日は早朝から下関行きなので、夜歩きはやめてそのまま就寝。ちゃんと浸かれる風呂(京都の自宅は狭いユニットバスしかないもんで・・・)はいい・・・。
4日月曜、天候は晴れ。5時に起きて戦闘準備。朝食は、例によって田中のとうふの味噌汁とご飯、それに昨日買っておいたギョロッケです。防酪牛乳をコーヒーにブチ込んで一気飲み。さて出発です。7時13分の下関行きに乗るために、6時前には出かける段取りです。駅までの交通手段は目覚めの運動代わりに徒歩を選択。思えば、めったにない帰省だというのに墓参りもせず、発つ前の体裁に父方、母方それぞれの仏壇に線香を1本あげたのみで、随分先祖をバカにした話ではあります。ただ、そんな風でもオフクロは「えぇーいね。死んでしもぅたらお終いじゃから」とあっさりでした。墓参りよりも、今生きていて、今の故郷を見て感じることの方がよし、ということなのでしょう。オフクロらしい考え方です。
まだ日も昇らぬ6時前、親父とオフクロは門の前で見送ってくれました。気分を仕事モードに切り替えるため、MDはハードにボリュームは高目です。駅には40分ほどで着いてしまいました。やはり、防府の街は狭い。四条河原町近くの鴨川傍で飲んで、二条城の東にある自宅まで酔った足で歩いて帰るのと変わりません。時間の余裕を利用してホームから見える風景をいくつかカメラに収め、下関に向かいました。
下関での仕事は思ったよりも早く終わり、まだ日のあるうちに新幹線に乗ることができました。小倉からのぞみに乗って、新山口に着いたのが午後5時。500系だと新山口を出て5分後に大道付近を駆け抜けます。そしてトンネルを2つ抜けると右田。防府の市街を望みつつ佐波川を渡るまでがおよそ15秒、20秒を待たずに天神山トンネルです。トンネルを出れば牟礼。ここもおよそ15秒。今回の帰省には、トータル1分にも満たないノスタルジーが最後にもう一度待っていました。普段の帰京だといつも暗くて見えませんから。そこに姪からメールです。「またネ!」だと・・・なんとも慌しくも心和む帰省でした。さて、気合入れて仕事です。本日中に原稿アップ、明後日は東京・・・しかし、どーにかならんか?この状態・・・